大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和53年(ネ)1658号 判決

一 商標権に基づく申請について

1 控訴人が本件商標権の商標権者であることは、当事者間に争いがない。なお、昭和五三年四月六日その存続期間更新の登録がされたことについては、被控訴人の明らかに争わないところであるから、自白したものとみなされる。

被控訴人が昭和五〇年一〇月ころから、原判決添付別紙(〔編註〕省略)(二)の(1)、(2)、(3)の各標章(債務者標章(1)、(2)、(3))を本件登録商標の指定商品である旧第三八類清酒のラベル及び包装に付して使用していることも、当事者間に争いがない。

2 本件登録商標と債務者各標章との類否

(一) 本件登録商標及び債務者各標章の構成については、当裁判所の認定するところも原判決がその理由中で認定するところ(原判決一七枚目裏五行目ないし一九枚目表一行目)と同一であるので、これをここに引用する。

(二) 本件登録商標と債務者各標章との類否

(1) まず両者が外観において類似するかどうかについて検討する。本件登録商標の構成要素の中で一見して人目を引くのは、中央に毛筆で大書された「割菱」の文字といえる。これに対して、そのうち、線書きの菱形図形を四個組み合わせて全体として菱形を形成している図形(以下、この図形全体を「債権者図形」という。)は、大書された「割菱」の文字の背後に隠れ、その大きさもさしたるものでないうえ、細めの線書きであり、しかも、債権者図形の両端には「正」「宗」の二文字が配されていて、債権者図形の印象は極めて弱いというほかはなく、それは他の単に付飾的ないし付記的部分である富士山や雲などと同様に右「割菱」の文字の背景の一つとしての意味しかなく、本件商標を全体的に観察した場合、特に看者の注意を引く特徴的な部分を構成するものとは認められない。したがつて、本件登録商標においては、「割菱」の文字が外観的特徴をなすものと解するのが相当である。控訴人は、「割菱」の文字があることによつて、「割菱」の図形はより人目を引き、「割菱」の図形があることによつて、「割菱」の文字はより人目を引くという相乗効果があると主張するが、外観上、その点を検討し考慮にいれても、前記認定のとおり、債権者図形の印象は極めて弱く、「割菱」の文字の背景の一つとしての意味を有するにとどまり、本件登録商標の要部を構成するものではないことに変りはない。

債務者標章(1)は、そのうち、毛筆で大書した「風林火山」の文字が顕著に看者の注意を引く部分として外観的特徴をなすと認められる。しかし、菱形図形を一辺の中点と対向辺の中点とを結ぶ二本の区画線で四等分した図形(以下「債務者図形(1)」という。)は、全体的に観察する場合、右「風林火山」のうち「林」と「火」の文字の間の背後に隠れて印象が弱く、外観的特徴をなすものとはいえない。したがつて、両者を対比した場合、債務者標章(1)は、外観において、本件登録商標に類似しない。

次に、債務者標章(2)については、それ自体をみた場合には、その構成要素の中では中央の矩形の枠内いつぱいに描かれた債務者図形(1)と同じ構成の図形(以下、「債務者図形(2)」という。)が強く印象づけられると一応はいいうるが、他方、本件登録商標の外観的特徴は、前記のとおり「割菱」の文字であるから、結局、債務者標章(2)と本件登録商標は、外観において類似しない。

さらに、債務者標章(3)については、その構成要素のうち、まず第一に看者の注意を引くのは、中央に毛筆で大書した「風林火山」の文字であるが、その背景の、線書きの矩形の枠内いつぱいに描かれた債務者図形(1)と同じ構成の図形(以下、「債務者図形(3)」という。)も、その大きさ、態様などから、かなりの程度に人目を引くということができる。しかしながら、前述のとおり、本件登録商標の外観的特徴は「割菱」の文字であるので、債務者標章(3)と本件登録商標が外観において類似するということはできない。

(2) 次に、本件登録商標と債務者各標章とが、称呼、観念において類似するかどうかを検討する。本件登録商標から自然に生ずる称呼、観念が、中央の「割菱」の文字から生ずる「割菱(ワリビシ)」という称呼、観念であることは明らかであるが、債権者図形を含めた他の構成部分が右「割菱」の文字に比して識別力を有するか否かの見地からは印象が極めて弱いことは、前述のとおりであるから、本件登録商標からは右「割菱(ワリビシ)」のほかに、他の称呼、観念の生ずる余地はないというべきである。

債務者標章(1)から生ずる称呼、観念は、大書された「風林火山」という文字部分から生ずる「風林火山(フウリンカザン)」であつて、その背後の債務者図形(1)は、その位置、大きさ、態様からして、右「風林火山」の文字に比して印象が弱いから、これからは取分けた称呼、観念も生じないと認められる。そうであるとすれば、本件登録商標と債務者標章(1)とは、称呼、観念においても類似しないというべきである。

次に、債務者標章(2)との類否を検討する。同標章だけを別個に取り出して観察した場合には、その中央の債務者図形(2)は大きく印象的に描かれているから、これが看者の注意を容易に喚起するものといえる。そして、債務者図形(2)は、相等しい菱形四個を全体として菱形になるように組み合わせた図形、又は一個の菱形を四個の等しい菱形に分割した図形であるということができるところ、いずれも成立に争いのない疎甲第七号証の一ないし三、第八号証の一、二、第九号証、第三五号証によると、右と同一の構成の図形は、紋章学上「割菱(ワリビシ)」と呼ばれる場合のあることが疎明されるので、債務者図形(2)から「割菱(ワリビシ)」という称呼、観念の生ずる場合があろう。しかしながら、以下に述べる諸点をも考慮にいれて、さらに検討を加えなければならない。まず、債務者図形(2)の構成は、前述のとおりであるが、同図形の幾何学的な形態自体からは一般には一義的な称呼を生じにくいといえよう。のみならず、前掲甲号各証に加えて、いずれも成立に争いのない疎甲第三一号証の一、第三九号証、疎乙第八号証の一ないし三、第九号証の一ないし六、第七三号証の一ないし三、第七四号証の一ないし六、第七五号証の一ないし三、第七六号証の一ないし五、第七七号証の一ないし三、並びに疎乙第三〇〇号証(成立は後記原審証人深沢喜道の証言により認める。)、疎甲第三七号証の一、二(成立は弁論の全趣旨により認める。)、原審証人宮本勇甫、同深沢喜道、同藤原寛人の各証言によれば、債務者図形(2)と同じ構成の図形は、紋章学上、「割菱」、「武田菱」、「四つ割菱」などと各様に呼ばれていること、右「武田菱」という称呼は、前記の構成を有する図形を甲斐源氏及びその一族、特に武田信玄が家紋として用いたことから発生したものであること、右「武田菱」と「割菱」との異同については、この両者を紋章学上同一範ちゆうに分類し、「武田菱」は「割菱」の一種であるとするものがある一方、この両者を紋章学上截然と区別するものもあること、以上の事実が疎明される。右によれば、債務者図形(2)は、現実にも、それから常に一義的な称呼、観念が生じているとはいえない。しかも、前記疎甲第三一号証の一、第三九号証、疎乙第七三号証の一ないし三、第七四号証の一ないし六、第七五号証の一ないし三、第七六号証の一ないし五、第七七号証の一ないし三、原審証人宮本勇甫、同深沢喜道及び同藤原寛人の各証言によれば、債務者図形(2)と同じ構成の図形は、甲斐武田家の直接統治下にあつた山梨県下ではもとよりのこと、小説、新聞、テレビ等に広く採り上げられることによつて、全国的にも、むしろ「武田菱」と呼ばれる方が一般的になつていることが一応認められ、原審における控訴人代表者大沢美弘尋問の結果中、これに反する部分は、前記各証拠に照らして採用できない。

ところで、ある差止請求の対象たる標章からどのような称呼、観念が生ずるかについては、その使用の実態及び取引の実情が考慮されるのが相当である。疎検甲第三号証、疎検乙第二四号証及び弁論の全趣旨によれば、債務者標章(2)は、昭和五〇年一〇月使用開始以来現在に至るまで、債務者標章(1)と常に一対となつて、それぞれ「胴貼ラベル」及び「肩貼(首)ラベル」として清酒瓶に貼付されて使用されてきたことが疎明され、原審証人宮本勇甫、同深沢喜道及び同林辺正義の各証言と弁論の全趣旨によれば、清酒の取引は、それを取扱う業者においても、一般の消費者においても、通常いわゆる銘柄(製造家がその物品を他の同種物品とたやすく識別するために専用する特定の名称)によりされ、したがつて、清酒瓶に貼付されるラベルにおいても、銘柄を表わす文字部分が重要視されることが疎明される。そこで、債務者標章(2)を債務者標章(1)とともに一対として清酒瓶に貼付された、すなわち、疎検甲第三号証、疎検乙第二四号証に現わされた態様で観察すると、債務者標章(2)に示された債務者図形(2)は、一旦は取引者需要者の注意を喚起するけれども、債務者標章(2)にも債務者図形(2)に比しては小さい表示ではあるが「風林火山」の銘柄が明記されていることでもあり、右のような清酒取引における銘柄の重要性にかんがみ、かつ、右図形は一般に広く紋所として認識され任意普通に用いられてきたものであることを併せ考えると、取引者需要者は、債務者標章(2)のすぐ上に貼付された肩貼ラベル(債務者標章(1))に大きく印象的に書かれた「風林火山」の文字部分をこの清酒の「銘柄」として認識し、一体として「風林火山(フウリンカザン)」の称呼、観念を生じ、また、債務者標章(2)だけでも、「風林火山」の銘柄表示の部分から、その文字の位置、大小にかかわらず同様の称呼、観念を生ずる一方、債務者図形(2)そのものからは精々甲斐の郷土的な関連を連想するにとどまりありふれたものとしてほとんど取分けた称呼、観念をも生起しないものと認めるのが相当である。

以上を総合すると、債務者標章(2)からは、結局において、「割菱(ワリビシ)」の称呼、観念は生じないということができる。

控訴人は、債務者標章(2)からは、少なくとも、「武田菱」の称呼のほかに「割菱」の称呼をもかなりの程度で生ずると主張するが、右に説示したところに照らし、採用することができない。

右のとおりである以上、本件登録商標と債務者標章(2)とは、称呼、観念においても類似しないというべきである。

次に、債務者標章(3)との類否を検討する。これから「風林火山(フウリンカザン)」の称呼、観念が生ずることはもち論であるが、「風林火山」の文字の背後の債務者図形(3)も、看者の注意をかなりの程度に引くものと考えられる。しかしながら、弁論の全趣旨により、債務者標章(3)は、被控訴人の製造販売する清酒の包装紙に付して使用されていることが認められるので、前述の清酒取引における銘柄の重要性等にかんがみると、債務者標章(3)からは、「風林火山(フウリンカザン)」の称呼、観念のみが生じ、「割菱(ワリビシ)」の称呼、観念は生じないというべきである。したがつて、本件登録商標と債務者標章(3)とは、称呼、観念においても類似しない。

(三) 以上述べたところにより、本件登録商標と債務者標章(1)、(2)、(3)とは、外観、称呼、観念のいずれにおいても類似していないから、両者は類似しないというべきである。

3 よつて、控訴人の本件商標権が被控訴人により侵害されていることを前提とする本件申請は理由がない。

二 不正競争防止法第一条第一項第一号に基づく申請について

控訴人は、原判決添付別紙(一)の(2)の図形(以下、仮りに「割菱図形」という。)が控訴人の商品であることを示す表示として山梨県下で広く認識されていると主張するので、この点について判断する。

成立に争いのない疎甲第一号証、第三号証の一、疎乙第三〇五号証、弁論の全趣旨により成立を認める疎甲第二五号証の一、二並びに疎検甲第一号証、第二号証、第四号証、第五号証、原審における控訴人代表者大沢美弘尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、控訴人は、昭和二八年五月設立された株式会社であるが、明治年間に創業され「割菱」という銘柄で清酒を製造販売してきた大沢酒造店(個人)の営業一切を引きついで、現在も「割菱」という銘柄の清酒を製造し、甲府市を中心に山梨県下一円に販売していること、大沢酒造店(個人)は、旧第三八類清酒について、登録第四一八八〇号商標権(明治四三年六月二四日登録、昭和二五年六月二四日存続期間満了により消滅)及び本件商標権(昭和一二年九月一日登録)を有していたこと、登録第四一八八〇号商標権の商標には割菱図形が現わされ、本件商標権の商標にはすでに述べたとおりのその変形図形が現わされていること、昭和四五年ころから控訴人が使用している清酒瓶に貼付のラベルや、包装紙、包装箱等にも割菱図形ないしその変形図形が現わされていることが、それぞれ疎明される。

しかしながら、右割菱図形の現実の使用態様について考察するに、前記疎甲第一号証、第三号証の一、第二五号証の一、二、原本の存在及び成立につき争いのない疎乙第七八号証、前記疎検甲第一号証、第二号証、前記控訴人代表者大沢美弘尋問の結果の一部及び当審における証人小宮山進の証言によれば、大沢商店(個人)ないし控訴人がこれまでにその製造販売する清酒の瓶に直接付して使用してきたラベルは、原判決添付別紙(三)の(1)ないし(8)などであるが(現在使用しているものは、右のうち(5)ないし(8)である。)、いずれも、割菱図形は単独で用いられてはおらず、必ず「割菱」と大書された文字を伴つて使用されていること、しかも、そのほとんどが「割菱」の文字の背後において使用されており(別紙(三)の(4)を除く全部)、それも線書きであつたり(同(1)、(3))、正確な割菱図形ではなかつたり(同(4))、あるいは割菱図形の中に他の模様が描かれていたり(同(4)、(6)、(8))すること、大沢商店(個人)が明治年間から使用してきた登録第四一八八〇号商標権の商標は、中央部に一見して人目を引くように割菱図形を描いたものであるが、右商標権は昭和二五年に存続期間満了により消滅しており、それ以降は、これに基づくものとみられる図形は、控訴人使用のラベル、包装紙、包装箱等には見られないこと、以上の事実が疎明される。右事実に、すでに述べたように、清酒取引においては銘柄を表わす文字部分が重要視されることその他を併せ考えると、割菱図形自体が控訴人の商品(清酒)たることを示す表示として周知性を取得しているとの疎明はないというべきである。

なお、前記疎乙第三〇五号証、疎検甲第四号証ないし第六号証、弁論の全趣旨により成立が認められる疎甲第三〇号証の一ないし五によれば、控訴人が使用している包装紙、包装箱、プラスチツクケース、ダンボールケース、搬送用トラツク、頒布用の徳利、マツチ箱には、いずれも割菱図形が示されてはいるが、必ず「割菱」等の文字を伴つて使用されているものであつて、その使用態様は前述のラベルの場合と大同小異であり、割菱図形自体が控訴人について周知性を取得しているとの疎明はないという前記認定を左右するものではない。

当審における証人小宮山進の証言中には、清酒について割菱図形を使用してきたのは、山梨県下の酒造業者では控訴人のみであるとの部分があるが、その使用態様その他右に説示したところに照らすときは、にわかに採用しえない。

割菱図形の周知性に関し、控訴人の主張に沿う原審における控訴人代表者大沢美弘尋問の結果によりその成立を認めうる疎甲第六号証、原審証人宮本勇甫の証言部分及び控訴人代表者大沢美弘尋問の結果(部分)は、いずれも採用できず、成立に争いのない疎甲第一四号証、第四四号証ないし第四九号証、第五二号証、弁論の全趣旨により控訴人主張のような写真であることを認めうる第五六号証も控訴人の主張を肯認するに足りるものではなく、他に割菱図形の控訴人主張の周知性を疎明するに足りる証拠はない。

したがつて、その余の点について判断するまでもなく、不正競争防止法第一条第一項第一号に基く本件申請も理由がない。

三 右のとおりである以上、控訴人の本件仮処分申請をいずれも却下した原判決は相当である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!